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久しぶりに銀座に出た。ひと仕事終えて2時間近く間が空いたので、本屋で立ち読みしてからブラブラ銀座を歩いてみた。つまり銀ブラ。 以前も華やかさでは銀座にまさる盛り場はなかったが、銀座は一段ときれいに着飾って貴婦人の風格かな。昨今の不景気、失業者大幅増という世相などどこ吹く風かという雰囲気だった。わけても驚いたのが並木通り。すっきりきれいになっていたが、両側の店がいずれも世界のブランド品ばかり、そして宝飾店。 どの店も一般大衆などは近づくなとばかりに肩をそびやかし、圧迫する店構えは歩くだけで肩がこりそうだ。何が自分を引き立ててくれるかすらわからない“IT長者”などがブランド・タッグを身に貼り付けて安心感を買おうとしているのだろうが、あるいは中国の成金をターゲットに網を広げて待ち構えているのかもしれない。いずれにしろ辺境の海から帰ってきた身には場違いなこと甚だしく、異境のムラに彷徨いこんで落ち着かなかった。昔はそういう界隈を飲み歩いて自慢気に過ごした未熟な年頃もあったなあと、ふと悔恨の情にも気づかされた。 「がんばろう、気仙沼」、銀座出店に??? 歩いているうちに、数寄屋橋交差点東側の元東芝ビル、つまり元数寄屋橋阪急の1階に場違いな青い幟がはためいている。近づくと「がんばれ気仙沼」。気仙沼の復興支援の出店だった。入ってみると客はゼロ、震災地気仙沼の特産品?といってもワカメ、瓶詰めの海苔などありふれたものがパラパラと台に置かれているだけで商品数も少なく、価格も割高に見えた。せっかくだから“支援”のために買おうかと思ったがやめた。 復興支援の旗印はいいけれど、なぜこんな賃料の高い場所で出店を持つのか、それが疑問に思われた。出店料を自治体が全額負担しているのかもしれないし、篤志家(企業?)が無償出店を用意したのかもしれないが、復興とか支援でなく、モノを売るなら商売に徹した姿勢を持ってもらわないと困る。私は困らないが本気で売ろうというならそれでは不足だという意味である。いいかげんな震災被災地同情感をベースにした出店なら銀座では通用しない。 だいたいそんな地産品を売るのに銀座をえらぶのはミスチョイスではないか。銀座は生活感と無縁な場所だからだ。スーパーと提携するとか方法はあるはずで、郊外の住宅都市の店で、1円、10円の攻防を繰り返す店頭で勝負してこそ“商品”と呼ぶにふさわしい。そこでは被災地も気仙沼もない。あるのは商品と価格だけ。そういう場に堂々と登場してこそ、本当の復興の糸口がでてくるはずだ。お情け頂戴の甘えがもしあれば気仙沼復興のハードルがさらに高くなると思う。 「東北に元気をあげる」、不遜ではありませんか、このセリフ 2ヶ月以上のヨット航海中はTVも新聞も目にしなかった。だから12月に航海を終えて横浜の自宅に戻りマスメディアに接すると、薄っぺらな形ばかりの「被災地支援」と「被災した方々へのお見舞い」メッセージが毎日おびただしく繰り返されていて、強い違和感を味わった。そして、なんでもかんでも「東北の被災地に元気をあげたい」というタレントやスポーツ選手をはじめ、善意の押しつけメッセージにも辟易した。 通常なら滅多に見られない売れっ子タレントやスポーツ選手が、次々に避難先の体育館などにやってきていろいろな余興をみせてくれる。それはそれで楽しみをくれただろうけれど、それはあくまで“非日常”のイベントである。 復興とは、生活の回復でなければならないから、日常生活の活力につながることが一番大切だ。ところが肝心の生活復活は置き去りにされ、毎日のように豪華イベントが続くと、生活感の喪失の方がもっと深刻な問題となって残ってしまいかねない。地道に苦労しながら生活するのが億劫になってもしまうだろう。善意の押しつけほど害を残していくものはない、そういう現実もある。 だから、本当に気仙沼の復興を覚悟して東京に出店するなら、甘ったるい善意の言葉などに迷わされず、もっと真剣に価格と品物そして売る力で勝負して欲しい。(2011年1月) |
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